こんにちは、みさです。
今日は、橋本病が分かるまで(大学時代)についてお話します。
大学時代
大学生の時は、アルバイトにサークルと、朝昼晩それぞれに違う予定が入っていたり1日フルに活動する日が多く、ほとんど家にいないくらい忙しく過ごしていました。
その時は予定で手帳が埋まっていることが嬉しく、楽しくポジティブな(というよりハイな?)毎日でした。
しかし、大学3年生の秋ごろに疲れが取れなくなり、一度座ったら体が重くて立ち上がれないことが多くなりました。その頃から、右胸のあたりがギュッと握られたような痛みに襲われることも増えました。
そんな日々が続いていると、気持ちも沈んで眠れないことが増えました。
元々、貧血持ちだったので内科の病院に行き、血液検査もしたのですが、結果は異状なし。結局原因がわからないまま、どんどん体調は悪くなっていきました。
毎晩悪夢にうなされて、生きていればいいこともあると頭では分かっているけれど、どこかで自分が死のうとしていることを考えているのではないかという怖さがありました。線路をぼーっと眺めていた時もありました・・・
勉強をしても、覚えることがなかなかできないようになり、腕時計をつけたことを忘れて探し回るなど、物忘れも酷くなりました。
今思うともうこのときから、橋本病の症状としてうつ状態がでていたのではないかと思います。
けれど、当時は甲状腺の存在も知らず、もちろん橋本病なんて知らなかったので、心の病気なんだと思っていました。
そのため、学校のカウンセリングルームに通ったり、心療内科にも行きましたがもちろん原因は不明のまま。心療内科では右胸の痛みから肋間神経痛と診断され、抗不安薬を処方されましたが、体調がよくなることはありませんでした。
そんな日々が続いていましたが、何ヶ月かすると、急にきれいな海が見たい衝動に駆られて、石垣島と竹富島に一人旅に急に行ってしまう元気は徐々に出てきましたが・・・(笑)
「きれいな海見に1人で沖縄に行ってくる」と言われた両親は、自殺しに行くんじゃないかと気が気でなかったと後から言われましたけどね(笑)
それくらい、今までのポジティブでアクティブな私とはまるっきり変わってしまっていたんですね・・・
それでも就職活動の時期になると、就活ハイになり毎日楽しく就活をしていました(笑)
一旦まとめ
暗い話ばかり長々と書いてしまいましたが、同じような状況の人が1人でも「わかるわかる」と思って読んでもらえたらと思います!自分の記録のためにも赤裸々に書きました!辛かった記憶って忘れるように人間出来ていますからね(^_^)
そう思えるようになったのも、体調が良くなれたから。良くなれたからこそ発信したいなと思います。
次は、就職してからのことについて書きます!